ペットロスについて

購入から死別までを初めて経験したペットは「ジャンガリアンハムスター(プディング)」でした。購入時はまだ幼かったせいもありプディングという種類の象徴でもある黄色の毛並みはなく全体が白く丸々としていたので名前を”おもち”にしました。購入も命名も僕ではなく春子さんがしました。

そもそも、僕はペットを飼ったことがありませんでした。動物を見て可愛いと思うことはあっても飼おうと思うほどの興味はありませんでした。おもちに対しても可愛いと思う程度だったと思います。ただ、動画サイトなどでおもち以外のハムスターを見ていて感じたことは、僕は多分おもちのことを贔屓目で見ているということでした。

おもちは可愛かったです。口や足、でっぷりとした体つき。この辺りはハムスターを実際に飼うと大体の人が可愛いと感じるところかもしれません。僕がおもちに対して特に可愛いと感じていたのは、欲に素直なところでした。食べることに関しては凄まじい欲を見せていました。食べ物を必死になって押入れに隠したり、餌と勘違いして僕の指に噛り付いたりしました。そのせいで僕の指は何度か出血しました。痛かったです。

改めて書く必要もないですが、ハムスターはネズミです。「ネズミは100パーセントに近い確率で悪性の腫瘍が出来る生き物だ」と動物病院の先生に教わりました。おもちにも腫瘍が出来ていました。手術をすることで命を落とすことも良くあると先生は仰っていました。彼女と僕は手術をしないことを決めました。

腫瘍が大きくなるにつれて便の排泄が困難になっていましたが、おもちはケロッとした顔でいつも通り餌を押入れに隠していました。あまりにも元気だったので、「ウチの子は平均寿命なんて関係なく長生きするんじゃないか」と僕は思っていました。

しかし、腫瘍を発見してから日がだいぶ経つと、元気だったおもちもさすがに痩せ細り、息も苦しそうになっていきました。その日、彼女は仕事に出かけ僕は休みで家にいました。僕はおもちの様子がいつもと違う感じがしました。なんとなくですが、そう思いました。とにかくおもちを病院に連れて行きました。

今まで動物を飼ったことがないのが理由なのか、その時、とても怖かったです。あまり心配しすぎると本当におもちが死んでしまうような気がしたので、僕はいつも通りの振る舞いをしていたつもりです。

彼女が帰宅しました。犬を飼っている家庭で生まれ育った彼女は堂々としていました。彼女はお腹がパンパンに膨れ上がったおもちを手で抱きかかえ撫でました。彼女の行動は僕には出来ないことだと思いました。自分のせいで死なせてしまいそうで、怖かったからです。そして、彼女の手の中でおもちの呼吸が落ち着いていきました。

病院の先生に言われたことを彼女に伝え、薬を1滴おもちに飲ませました。おもちは苦しそうに咳き込んでしまいました。僕は「僕がおもちを殺してしまう」と思いました。彼女は動じることなく撫で続けていました。おもちは、また穏やかな表情に戻りました。安心しきった顔をしていました。

僕は動物に豊かな表情があることを知りませんでした。動物の気持ちが解ると彼女に言われても全く信じてませんでしたが、その時のおもちが安心していることを自然と感じ取っていました。

おもちは、そのまま息を引き取りました。涙がボロボロ出てきました。初めて感じる不思議な体験でした。悲しいや寂しいと考えている暇もなく涙が溢れてきました。たぶん涙腺が崩壊していたのだと思います。いくら堪えても涙を塞き止めることが出来ませんでした。

その日のうちに、おもちを近くの公園に埋めました。おもちを早くゆっくりさせてやりたかったので土葬にしました。近所に公園は二つあるのですが、日当たりの良い方を選びました。家への帰り道、僕は彼女に「おもちは幸せだったのかなぁ?」と聞きました。ほとんど覚えていませんが、後ろ向き過ぎず前向きすぎない答え方を彼女はしていたような気がします。

おもちが死んでから1年程経ちますが、これを書いている今も目が潤みます。たまに、おもちを埋めたところに立ち寄ることがあります。おもちが幸せだったのかどうかを、ふと考えることがあります。

これが僕のペットロス体験です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です